頰を打つ風は鋭いナイフのようで、目をつむるともう、そのままどこかへ行ってしまいそうだ。
おしゃれで巻いている首元のスカーフはほぼ保温の機能を失い、そろそろマフラーに変えなければいけないと気持ちが沈む。
半蔵門線の表参道駅からApple Storeへ急ぐ。パソコンを修理に出した彼が、私とパソコンを待ちぼうけしている。
A2出口を目指す手前に、私の大好きな飲みものを売っているのが見えた。
DEAN&DELUCAの、ホットアップルサイダー。
冬になると人知れずそっと現れる、私の中ではこの季節の風物詩のような、ここでしか飲めないドリンク。
ほんとうは欲張ってLサイズを頼みたかったけれど、たくさん頼んで一度に満足感を得るのが、なんとなくいやで。次に楽しみを残しておきたくて、Mサイズを頼んだ。
お姉さんが柔らかい花のような笑みで、「お待たせしております、ホットアップルサイダーですね。」と私に声を掛ける。
お鍋の中からおたまでひとすくい、ふたすくい。
煮詰まったりんごやスパイスのふくよかな香りが、ふわりと鼻腔をかすめる。
店内に、等間隔に飾られているポインセチアが目に入る。鮮やかな赤が目にまぶしい。パンとドリンクをお供にゆったりと自分の時間をくつろいでいる人々、彼女たちの中にも、ホットアップルサイダーのファンはいるのかな。
「ありがとうございます」
“よい休日を”と書かれたスリーブを巻いたカップが手渡される。
Apple Storeへ急ぎ足。
すぐ着くよ、と言ったのに、ふらりと寄り道をしてしまった。でも私は、おいしい手土産を持っている。
表参道にいて、ホットアップルサイダーを飲んで、好きな人に会えて、じゅうぶんなくらいの”よい休日”だな。
Apple Storeへつくと、いろんな国からきた人々が楽しそうに、新しい機器に夢中になっているのが見える。店員さんはみんな赤いニットで装って、店内はクリスマスへの気運に満ちている。
私は店の前でアップルサイダーをすする。
ああ、おいしい。
癖になってしまう甘さと、口づけをしたくなるような酸っぱさと、少しだけ刺激的な香味が、一口で私を虜にしてしまう。
通り沿いの木々は都会的な色味の電飾に彩られ、見えない星のかわりに表参道の夜を照らす。そこらを歩いていくカップルも、友人同士であろう人も、家族連れも、みんながこの夜にワクワクしている。街中をロマンが駆け巡っているようだ。
急に唇に温かさを覚えた。待ちきれず店を出てきた恋人のキスだった。
それはホットアップルサイダーのあまずっぱい味だった。
「これ、おいしいんだよ、飲んでみて」
大好きな人にカップを手渡すと、まだ熱いのにごくごくと飲み干した。
そして、ありがとねと言わんばかりの嬉しそうな顔をする。
ずるい。私の大好きな飲みものを一気に奪い去って、そんなお茶目な顔をするなんて。
私もこの休日の嬉しさを噛みしめて、思わず口角が緩む。
こんどはおうちでアップルサイダーに挑戦してみよう。そのときは、二人ぶん。
ふたりで頷くと、手を繋いで、表参道の輝きの中を歩いていった。